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スワンの名の由来について

 今回は予定では「森進一と、ロジャー・ダルトリー」だったのですが、このパターンばかりでずっとやってしまいそうで、なんかやだったので、少し趣向を変えて私の芸名の「スワン」について触れたいと思います。(ハンドルネームではありません芸名です)

 この芸名を私は高校生の時から使っています。このカタカナ&漢字の芸名はカピラレコードではおなじみの使い方ですが、実はこのパターンの先駆者はカピラの初期の重要人物、プリーズ丸山なのです。カピラがまだカピラと言っていなかった頃、(私もカツ岸もそれぞれ同じ学校で別々のバンドをやっていました)プリーズ丸山は私の幼なじみでシンガーソングライターでした。彼はライブをする為に私のバンドをバックバンドにしようとしたのです。(ちょうどボブ・ディランがザ・バンドをバックバンドにしたのと似ていますね)その時から彼は自分のことを「プリーズ丸山」と言っていました。

 今考えると当時の彼がジョニー大倉にはまっていたことも大きな要因と考えられます。そんなわけで彼は私のバンド(名前は邪馬台)とその名も「プリーズ丸山&邪馬台」を結成して高校時代に早くも全曲オリジナル(全曲作詞:作曲はプリーズ丸山)のワンマンライブを行なったのです。そんなプリーズ丸山の芸名の付け方が私はものすごく気に入り、自分も芸名はこのパターンで行こうと決めました。「プリーズ」はかなりカッコよかったのでこれに負けないよう練りにねって付けた芸名が「スワン」だったのです。


 なぜ「スワン」になったかと言うと、高貴で格調がありバカみたいな名前だったからです。

 また、もうひとつの「スワン」の理由は自分の生涯の中での大名曲、オックスの「スワンの涙」から持ってきています。(本当はこれが最大の理由)オックスは1968年5月5日に「ガールフレンド」作詞:橋本淳 作編曲:筒美京平でデビューしたGSグループで、彼らの3枚目のシングルとして同年12月10日に発表されたのが「スワンの涙」(作詞作編曲は同じ)です。


   いつか君が 見たいと云った

   遠い北国の 湖に

   悲しい姿 スワンの涙


この「スワンの涙」のサビは今でもこみあげてくるものがある感動の名曲です。

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ジャケットも最高です(真木ひでとのサイン入り)


右下の赤松愛はこの次の「僕は燃えている」発表後ジョン・レノンの弟子になると脱退

高校の文化祭でこの曲と「ガールフレンド」、ジャガーズの「マドモアゼル・ブルース」、「恋人たちにブルースを」、スパイダース「真珠の涙」をやりましたが、完全な自己満足に終わりました。(当時マイナーキーの曲にこっていました。)今考えてもこの選曲はかなり良かったと思っています。(当時は意識していませんでしたが全部の曲が筒美京平がらみというのも私らしい。)

そんなわけで、「スワンの涙」未聴の方は絶対に聴くべき。

でも今の人の耳にはこれは演歌に聞こえるらしい。



このページは以前のHP(1995年頃)からのコピーです。

by swan_ox | 2003-08-11 17:24 | 歌謡曲 | Trackback | Comments(0)

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